東京地方裁判所 昭和34年(ワ)4895号 判決 1969年12月26日
原告 小山田拓之 外一名
被告 国
訴訟代理人 代理人 高橋正外 三名
主文
一 被告は原告らに対し、金三、一三一万九、一五三円六四銭およびこれに対する昭和三四年七月四日から完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分してその一を被告の、その一を原告らの各負担とする。
四 この判決の第一項は原告らが金一、〇〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。ただし被告が金一、五〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事 実 <省略>
理由
一 原告村本が昭和二四年八月二五日、秋田県雄勝郡東成瀬村および岩手県西磐井郡厳美村に跨つて本件出願図(一)(二)省略記載の区域につき、試掘権設定の出願をしたこと、昭和二七年四月二日付で仙台通産局長が同原告に対し、秋田県試登第一七、一八一号および同第一七、一八二号をもつて本件許可図(一)(二)<省略>記載の区域について本件各試掘権設定を許可し、その登録がなされたこと、昭和二七年一二月二日、原告小山田が原告村本とともに本件各試掘権の共有権者となり、その旨の登録がなされたこと、仙台通産局長が、昭和三一年一月一七日付で職権により本件各試掘権につき、鉱業法六一条の規定に基づき鉱区の境界、面積につき、本件変更図記載のように本件表示変更処分をしたこと、原告らが右処分を不服として昭和三一年一月二八日、通商産業大臣に異議の申立てをしたが、同大臣は同年八月一一日付鉱第一一四号をもつて、右異議申立てを棄却する旨の決定をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 本件表示変更処分の違法性の有無について
1 鉱業法二一条二項は、鉱業権設定の出願をしようとする者は、省令で定める手続に従い、願書に区域図を添えて通産局長に提出すべき旨を規定しており、同法施行規則(昭和二六年一月二七日通商産業省令第二号、以下単に「施行規則」という。)四条(昭和二六年に廃止された鉱業法施行細則一九条に同趣旨の規定があつた。)は、右区域図に記載すべき事項を列挙しているが、通産局長による鉱業権設定出願の許可は、右の区域図に記載されているところに従つてなされるし、鉱業原簿への設定登録も右許可にかかる出願の区域図に基づいてなされるのであるから、鉱業権の効力の及ぶ区域、すなわち鉱区は、鉱区図に記載されているところに従つて客観的に特定されるものであることが明らかである。すなわち、鉱区は鉱区図を離れてはこれを特定することができないのであり、鉱区図のみが鉱区特定の資料となる。ところが前記鉱業法および施行規則の各規定によると、出願書に添付すべき区域図は、必ずしも実測図であることを要しないものとされているので、右区域図に記載された鉱業権設定出願地の付近における地形(昭和四二年一月通商産業省令第三号による改正前の施行規則四条七号-現行施行規則四条一項一〇号)の状況や境界線および基点と測点とを結んだ線の方位角ならびにそれらの長さ(前記改正前の同条一〇号)等が実地のそれと相違する場合が生ずる。かような区域図を受理した通産局長も、出願された鉱業権設定の許可、不許可を決定するについて、必ずしも実地の調査を行なわないのが実状であるため、実地と異なる表示のある区域図がそのまま受理されて、許可および登録の対象となることがあり、この場合には鉱区図上の地形、境界線、基点測点間、測点相互間の方位角、距臨その他の表示によつて鉱区が実地のいかなる区域に該当するかが多少とも不明確となる。鉱業法六一条の規定に基づく鉱区の境界あるいは面積についての鉱区図の表示変更は、要するに出願区域を特定するために出願人によつて区域図に記載された地形、地物の状況が実地のそれらと相違する場合に、地形、地物の状況と関連して鉱区図に記載されている基点や測点が実地のどの地点に該当するものであるかを客観的合理的に判定して出願人の目的とした鉱区の範囲を実地に照らして正しく認定(いわゆる鉱区の認定)し、その結果に基づいて鉱区を正しく図面に表示し直し、そのとおりの変更を登録する処分にほかならない。しかして、<証拠省略>によつて認めうるように、鉱業権の出願は、一般に出願に先き立ち予め目的とする鉱床の存在する地域又は存在すると想像される地域を現地調査その他の方法により特定の地形、地物との関連において把握し、かつ、これを出願区域中に表示しようとするものであるが、他面鉱業法において先願者が優先権を与えられているところから、一刻を争つて迅速に出願をする必要があるため、出願書に添付する区域図に実測の結果を記載することは実際上もまれであり、したがつて、鉱業法の要求する出願区域図上の基点と測点間、相互間の方位角、距離の記載は、実測の結果に基づくことなく、必ずしも正確とはいい難い建設省地理調査所発行の五万分図(通常はさらにこれを五、〇〇〇分の一に引き延ばして)上において、右の特定の地形、地物との関連において把握した鉱床存在地域をもれなく包摂するように任意に基点、測点を定め、その方位角、距離を図面上で測定したうえ、その数値を表示するのが鉱業出願人の間でむしろ通常のことである。したがつて、当事者の意図の合理的解釈という見地からすれば、鉱区を認定するにつき、一般に鉱区図上の諸表示のうちでも、地形、地物の表示を基点、測点間、測点相互間の方位角、距離の表示よりも重要視すべきことは当然であつて、後者はむしろ前者によつては鉱区の認定が不可能ないし困難な場合の補助的な資料として取り扱われるべきものであるということができる(ただし、前記施行規則四条十一〇号が測点相互間の方位角、距離の記載を求めているのは、ひとつには鉱区の面積には最大および最小限度の制限があるので、その制限内で出願鉱区を特定させようとする趣旨も含まれているとも解せられるので、地形、地物の表示のみに基づいて鉱区を認定すると、右面積の制限を上廻り、あるいは下廻るような区域となつてしまうような場合には測点相互間の方位角、距離の表示が地形、地物の表示と同様に重要な意味をもつてくることとなろう。)。また地形、地物の表示から現実に鉱区の範囲を認定するについても、図面上鉱区内における他の表示に比較してより著しい特色をなすか、あるいは一段と重要性を有すると解せられ、しかも現実に存在するもの(たとえば顕著性を有する特定の山、川、渓流、鉱物の露頭等)の表示は、通常これらのものは一見してたやすく人の認識しうるところであるとともに、多く不動の存在でもあるので、出願人が特にこれらの地形、地物との関連において鉱床の存在地域を把握し、これらを鉱区内に包含せしめようとする趣旨からこれを鉱区図中に表示したものと考えられることからいつても、これを他の表示よりも重視すべきことは当然である。この点につき、被告は地形、地物の表示のうち鉱区内のそれと基点あるいは測点付近のそれとを区別し、後者を前者よりも重視すべきであると主張するもののようであるが、そのように解すべき合理的理由はない。けだし鉱区図中における測点の決定は通常上記のようにもつぱら必ずしも正確でない五万分図上において任意になされるものであり、出願人はかかる測点が現実にはどの地点に相当するかを実地について認識するわけのものでないことはもちろん、必ずしも当該測点の付近の地形、地物との関連においてこれを定めるものでもないのであるから、かかる測点の現地における認定においてもつぱらその付近の地形、地物との関連性のみを考慮すべしとする合理的な根拠はなく、またそれは出願人の意図によく沿うゆえんであるともいえないからである。もしこれに反して被告の主張するように測点付近の地形、地物の表示を一方的に重視すると出願人の目的とした鉱床が顕著性を有する特定の地形、地物との関係で間接に表示されている場合でも、出願人の意図に反してこれが鉱区外にはみ出すこととなり、甚だしい場合にはかかる地形、地物との関連において鉱床の存在が直接表示されている場合にすら、同様の結果をきたすことがありうることとなつて、その不当であることは明らかである。このような場合にもなおかかる結果は、出願人が測点の表示を誤つた結果でやむを得ないとして片づけるのは、鉱業法自体が出願書に添付すべき区域図につき実測図たることを要求せず、そのために出願人が前記のように必ずしも正確とはいい難い五万分図に頼つて基点、測点を表示するのが一般である実情に照らしても、妥当な解釈ということはできない。昭和四二年一月通産省令第三号による改正前の施行規則様式第一三号は備考として基点および測点付近の地形はなるべく詳細に記載すべきことを求めており、このことは法自身が基点および測点付近の地形、地物を重視すべきことを示すものであると解し得ないでもないが、これは基点および測点付近の地形によつて基点「および測点の位置を実地に特定することは技術的に比較的容易であり、しかもそのような方法によることは鉱区内の地形、地物の表示と矛盾しない限りなんら不当とは考えられないからであると解せられ、これを基点および測点付近の地形を鉱区内のそれよりも重視すべきであるという解釈の根拠とすることは相当でない。
なお、出願人が出願書に添付して提出した出願の区域図が不備と認められる場合に通産局長が、相当の期限を付して図面の修正を命ずる(鉱業法一八二条)ことがあるが、出願人がこれに応じて修正した出願の区域図を提出し、これに基づいて鉱業権設定の許可登録がなされた場合には、鉱区の範囲は主として修正後の鉱区図によつてこれを認定すべきことは当然である。しかし、修正後の鉱区図がなお実地の区域と相違する場合(後述のとおり本件はまさにこの場合に当る。)には当初の出願の区域図の記載も斟酌して両者を総合して鉱区を認定するのが相当である。
2 <証拠省略>によれば、原告村本は、昭和二四年本件各試掘権の設定出願をするに際し、当初本件出願図(一)(二)<省略>を出願書に添付して仙台通産局長に提出したが、同図面は六、〇〇〇分の一の縮尺であり、五万分図を正確に拡大したものでなかつたので、同通産局長は、原告村本に対し五万図を一〇倍の五、〇〇〇分の一図に拡大した出願の区域図を作成提出すべき旨の修正を命じたところ、原告村本は、右修正命令に応じて本件許可図(一)(二)記載のとおり出願の区域図を修正して提出し、同通産局長は、右図面に基づいて本件各試掘権の設定許可をし、その旨の設定登録がなされたこと、ところが五万分図における本件試掘鉱区付近の地形が実地のそれと相当程度相違していたので、これを拡大した本件許可図(一)(二)に記載された地形の表示もまた実地のそれと相当くい違いを生じたために、昭和三〇年ごろ原告らと本件試掘鉱区に隣接する秋田県試登第一七、五五一号鉱区を有する栗駒鉱業との間に鉱区の境界をめぐつて紛争が生じ、双方の申請に基づいて仙台通産局の係官による鉱区の実地調査が行なわれたことが契機となつて、本件表示変更処分がなされたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。したがつて、本件各試掘鉱区の範囲は修正後の出願の区域図(本件許可図(一)(二))に基づいてのみこれを認定するのは相当でなく、修正前の出願の区域図(本件出願図(一)(二))の記載をも総合してこれを認定すべきである。そこですすんで仙台通産局長が本件各試掘鉱区の範囲を本件変更図記載のとおり認定したことが、以上説示の基準に従つて果して適法であるか否かについて判断を加えるが、原告らは、本件変更図に記載された本件試掘鉱区付近の地形、地物の表示が以下特にあらわれるところのほかは実地の状況を正確に表示したものであることについて明らかに争わず、弁論の全趣旨に照らしてもこれを争つているものとは認められないので、その点は当事者間に争いがないものとして、以下このことを前提として判断をすすめる。なお、本件の二つの試掘鉱区は隣接して三つの測点を共通にしており、第一七、一八二号鉱区の区域が特定されれば第一七、一八一号鉱区のそれもおのずから特定される関係にあり、かつ、本件鉄鉱床は第一七、一八二号鉱区に存在するものと原告らが主張しているところであるので、両者を一括して判断することとする。
3 本件における主要な争点は、原告らが第一七、一八二号試掘権(以下これを「第二号鉱区」といい、第一七、一八一号鉱区を「第一号鉱区」という。)設定の主たる目的であると主張する本件鉄鉱床の存在する原告ら主張の仁郷沢(被告は、右沢は五万分図上の正式呼称としては原告ら主張のとおり仁郷沢であるが、実地においては剣沢であるという。そこで、原告らの主張する仁郷沢は朱沼の西側の沢を意味していることは主張自体から明らかであるので、以下この沢を「西の沢」と、朱沼の東側にある沢すなわち原告らが剣沢といい、被告が実地の仁郷沢という沢を「東の沢」という。なお、<証拠省略>によれば、国土地理院が昭和四一年に測量した空中写真に基づく二万五、〇〇〇分の一図では、右朱沼は須川湖と表示され、その付近には他に沼は表示されておらず、右須川湖の東の沢を仁郷沢、西の沢を小仁郷沢と表示しているが、右表示は地名調書および地元の役場吏員の指示に従つてなされたものであることが認められるが、右は本件表示変更処分後になされたものであるところから、直接右処分の当否の判断に関しないので、前記のところに従つて判断をすすめる。)流域および付近一帯の地域が変更図のとおり原告らの鉱区外にあるものとすることが、被告の主張するようにやむをえない結果であるとすべきか、あるいは原告の主張のように第二号鉱区内にあると認定するのが相当であるが、この点の判断を左右する決め手は、本件許可図(二)における五号測点の位置を実地およびこれを反映すべき図面上のどの点に認めるべきかに存するのである。
ところで、現地の地形については<証拠省略>によれば、次のとおりである。
(一) まず、現地には朱沼をはさんで二つの沢が流れている。
(二) 東の沢は、後記の小安、須川両温泉間山路に架した土橋付近において、沢巾約四メートル、そこでの両岸は、相当に高い。次に説明する川又(被告主張の基点川又)からこの土橋までの距離は、直線で約七〇〇米と推測この沢域の西側をほぼ南北に走る尾根(この尾根は、南方の宮城県との県境近くに発し、北へ延び、朱沼を山上湖として、さらに北へ延びて、東の沢と西の沢との合流点に終る。)を隔てて、西の沢域が存する。すなわち、西方の標高一、四二四メートルの秣嶽を盟主として、東成瀬村と皆瀬村との境をなす南北に走る山脈と前記の尾根とによつてその中間に、前記東の沢域と別個独立のより広い沢域が形成され、この沢域中の最も奥深い地点は、南方宮城県との県境近く、朱沼西方渡河点から直線で約二、〇〇〇メートルの地点に位するものと推測され、この沢域は、西の沢の集水地域である。
(五) 現地には、沼として、南北に長くその直径が約五〇〇メートルに近く、地表上には出入の流水を認め難い朱沼と呼ばれる山上湖が唯一つ存在する。付近の道路として、はるか西北の小安温泉付近からほぼ東南行して岩手県境付近の須川温泉へ通じる山路が存し、小安温泉から漸次登行すると、朱沼の西側で急坂を下降して、西の沢を渡り、再び登り道となつて朱沼の北西隅付近にとりつき、そのまま朱沼の北岸に沿つてその北東隅から朱沼と別れて台地を下り、東の沢に架された土橋を渡つて東行することとなつている。
以上のように認定することのできる現地の地形を頭において、前記五万分図栗駒山(甲第一八号証)および本件許可図(二)(甲第四号証の二)を検討すると、その図面に次のような誤りが認められる。
(1) 朱沼のほぼ北と南とにおいて、南方宮城県境から北へ延びる前記(四)認定の尾根が明確に記載されておらず、その結果として秣嶽を盟主とする山脈の東方において、右の尾根によつて分けられるべき二つの谷が一つのそれとして示され、したがつてまた東の沢と西の沢とが区分されずに、一つの沢として流水表示がなされている。
(2) 朱沼の名称の表示部分に東西二個の沼の表示があり、その東側のものは西側のものより小さく、ほぼ円型であるが、右の東側のものは存在しないものをこれありとする誤記である。
(3) 朱沼付近の道路として、須川温泉からの山路が朱沼の東北方一八〇メートル辺りで朱沼に近くなるが、そのまま離れて西北進し、朱沼の北端から西北二三〇メートルあたりで渡河するように表示されているのは、すくなくとも現状に合わない。そして、前認定のとおり、本件出願図および許可図は、五万分図を部分的に延ばして写したものであるので、後者中の真実と異なる、右判示のような地形の表示がそのまま前者に踏襲されたことが当然に推論される。なお、本件許可図(二)においては、朱沼の西側において、五万分図におけると異なつて短いながらも流水表示がなされており、それが尽きる地点からさらに南へ等高線のくびれによつて示される谷の表示が認められるようである。しかし、本件許可図(二)に示されるところでは、その谷の表示もさして深いものではなく、これと同形の谷の表示は、その典拠である五万分図にもなされていて、しかもそれは秣嶽の東北斜面に終つている。してみれば、本件許可図(二)の朱沼の西側に示された谷の表示は現地の西の沢の沢域と甚だ異なり、これを表示したものと解すべきではなく、このことは、本件許可図(二)の図上では、朱沼の北端の前示渡河点付近の地点に川又があることになつているのに、現地における東の沢と西の沢の合流する川又は、はるかに北の地点であることからも知られよう。また、本件許可図(二)の基点川又から南々西へ遡つて表示されている沢は、鉱区外に延びているが、もしこれが被告の主張する東の沢の一支流であるとすれば、前認定の現地においては、鉱区内の湿地帯に発するもので、延長に誤りがある。しかのみならず、前説示の五万分図上で二つの沢の水源を誤つて一つのそれとして表示したこととも関連して、支流でなく本流を表示したやにも推測されないではなく、結局この部分の水流表示は、東の沢の一支流として本来はより短かるべきものが誤つて長大に誤記されたものである旨の被告の主張は、これを採ることができない。
さて、出願に基づく許可図中に重大な誤認が存し、後に真実の地物、地形が明らかにされたとき、さきに許可された鉱区の区域を真実のいかなる地域にあてはまるものとしてこれを認定すべきかについては、前説示のように、許可図中にあらわされた地形、地物等の記載を合理的に解釈してなすべきものであり、区域を一応限定する基点と、測点相互間の方位、距離のみによつて、ことを決定すべきではない。そして本件許可図(二)中の顕著な地形表示の一つとされている沼については、現実に朱沼が一つ存するにすぎないのにかかわらず、五万分図上では二つの沼が併存するものとして記載せられ、本件許可図(二)はこれを踏襲しているところ、現実の朱沼がその西側のものであることおよび沢については現実には顕著な東の沢と西の沢とが二つ、しかも間隔を僅にしてほぼ併行して流れているのにかかわらず、五万分図上では、混同してこれらを一つの沢として表示しているにすぎないことは、前説示のとおりである。してみれば、この図上に表現された一つの沢が、現実の東の沢又は西の沢のいずれを表現したものであるかを詮議することは、意味をなさない。五万分図上のこの一つの流水表示に仁郷沢の名が付記されていることも前説示のとおりであるが、これは現実に存する他の仁郷沢でない沢を図上で排斥したことにはならず、東の沢が本来剣沢であるが、西の沢が本来仁郷沢であるか、又は無名の沢であるかは、これを問擬する必要のないことである。したがつて、五万分図上の以上の誤りを踏襲したとみられる本件出願図(二)および本件許可図(二)中の出願区域の中心に一つの沢を表示してある限り、そしてそれに仁郷沢の名が付してあつても、他に特段の事情のない本件においては、一つの沢が表示されているとの一事によつて、現にある二つの沢のいずれか一のみを表示したものに止まり、他の沢(それが東の沢であるにせよ西の沢であるにせよ。)の表示をことさらしなかつたものと解することは、相当でない。五万分図が一般的には地形図としての刊行物中で最も信頼に値いするものとされてきたことは公知のことに属し、実測を要しない鉱区の出願に際し、五万分図を典拠とすることが一般に行なわれていることから考えると、前記五万分図栗駒山に表示された一つの沢を出願図に写しとり、これがそのまま本件許可図(二)とされたことも無理からぬことであつて、現地の東の沢と西の沢とがともに表現されたものと解することが相当である。また五万分図に代表的に表示されたともいえる一つの流水表示に付された仁郷沢という名称による表示は同じく小字仁郷沢の表示と相まつて、この地域における沢を総称する普通名詞的に使用されたものとも考えられるから、五万分図上に沢名として仁郷沢の名称のみが記載されていることも、流水表示の個別性の解釈にとつて必ずしも決定的ではあり得ない。<証拠省略>によれば、五万分図上の仁郷沢という名称の記入は現地東成瀬村役場からの報告によつたものであると認められるけれども、同時に同村の公図上でも、朱沼付近における二つの沢の存在は全く知られていないことが認められる。してみれば、五万分図ひいては本件出願図(二)および本件許可図(二)上に仁郷沢という名称の記入は、東の沢がそれに当たることを意識してなされたものか、又は西の沢がそれに当たることを意識してなされたものか、いずれともこれを判定することができない。ところで、本件出願図(二)および本件許可図(二)において沢としての流水の表示が朱沼の裏側に表現されているので、朱沼との関係位置によれば、第二鉱区は朱沼の東側で、東の沢の沢域を中心とするものと解し得られないではない。しかしながら、同図上朱沼の西北端の測点が設けられたのは、鉱区として朱沼そのものに重要性があるのではなく、五万分図に表示された仁郷沢を鉱区内に取り入れるには、図上その西側の沼付近に測点を設けるのが適当であつたにすぎないと解される。
このことは、右各図面上の四号および五号各測点を結ぶ線が沼の中央を南北に過ぎる形で引かれており、沼の西半分は鉱区からはずれていることからみてもわかるのであつて、沼の沼としての存在自体は、区域の重要な要素とされていない趣旨であると推測すべきである。すなわち、図上二つの沢が沼の東西に明示されている場合であれば別であるが、前示のように、二つある沢が一つしかないものとして地形図に表示されている場合において、探鉱の立場からは沢に比して重要視されない沼の左岸又は右岸のいずれに存するものとして表示されているかは、地形表示としてこれを重視し、誤謬訂正の決定的根拠とするに足りず、また、朱沼が本件許可図(二)の鉱区の西側に位置することも、同様に考えるべきである。次に、本件許可図(二)の左下隅にみえる道路ならびに東の沢および西の沢らしいものの合流点川又を思わせる表示は、前示のように現地の地形と著しく趣を異にするから、これらの記載を基準として考えることも相当でない。<証拠省略>中、以上の認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
これを要するに、本件出願図(二)および本件許可図(二)の区域図の中心をなす沢およびその流域の表示が現地の東の沢およびその沢域を表示したものと断定するに足る資料がなく、むしろ本件許可図(二)に仁郷沢の流域を中心として鉱区を設定する旨表示されてあるのを重視し、現地の近接した東の沢又は西の沢のいずれの沢域をも包含する表示がなされたものと理解することを相当とするから、その趣旨に沿うよう基点および測点を設定して鉱区を認定すべきである。されば、本件鉄鉱床は第二鉱区内に存することとなる。しかるに、仙台通産局長がなした本件表示変更処分は、以上のところと異なり、本件許可図(二)の表示が現地の地形と異なるところから、本件許可図(一)(二)に記載の基点と、これからの測点間の方位、距離を基準として、第一、第二鉱区をあわせて鉱区を認定し、その結果として、東の沢の沢域が第二鉱区の中心をなすものであり、これに反して西の沢の沢域の大部分、したがつて本件鉄鉱床の存在する部分がその区域外であるとして、そのように二つの沢の間に五号および四号測号間を結ぶ線を引いたものであつて、結局第一、第二鉱区域を違法に認定したものというべきである。
三 仙台通産局長らの故意、過失について
前記二において認定、説示したところからすれば、鉱業法六一条の規定に基づく鉱区図の表示変更は、一般に鉱区図又は出願添付区域図上の諸表示のうちでも地形、地物の表示を基点測点間、測点相互間の方位、方向、距離の表示よりも重要視すべく、しかも地形、地物についても他の表示に比較してより著しい特色をなすか、或いは一段と重要性を有すると解せられる、例えば顕著性を有する特定の山、川、渓流、鉱物の露頭等の表示を他の表示よりも重視すべきであり、また基点、測点附近の地形、地物の表示を特に他の地形、地物の表示よりも重要視すべきではなく、なお基点測点間、測点相互間の方位、方向、距離の表示のごときは、むしろ地形、地物の表示によつては鉱区の認定が不可能ないし困難な場合の補助的な資料として取り扱われるべきものであること鉄業法、同法施行規則の諸規定の合理的解釈から明らかなところであるから、鉱区図の表示変更の事務を担当する通商産業局長およびこれを補助する公務員には右の原則に従つてこれを判断すべき職務上の義務があるといわなければならない。
しかるに、<証拠省略>によれば、仙台通産局の本件鉱区の表示変更処分を担当した係官らは、前記説示の認定原則とは異なつて、むしろ基点測点間、測点相互間の方位、方向、距離の表示及び測点附近の地形、地物の表示(朱沼)に重点を置いて、本件表示変更の原案を作成し、仙台通産局長はこれに基づいて本件表示変更処分を行なつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、仙台通産局および関係係官に本件表示変更処分に関し過失があつたものと解するのが相当である。
四 損害額について
1 昭和三〇年六月から同年一一月までの間の損害
原告らは、昭和三〇年六月から同年一一月までの間における原告らのうべかりし利益の喪失による損害として金二、四〇九万一、五〇一円を請求するが、本訴請求は本件表示変更処分を原因としてなすものであるところ、右処分がなされたのは前示のとおり昭和三一年一月一七日付であるから、右原告ら主張の損害は本件表示変更処分以前に生じたものであつて、右処分を原因とするものではないというべきである。
なお、原告らは、本件表示変更処分の公定力により栗駒鉱業に対する右損害の賠償を請求する機会を奪われたものであるから、これを被告に対して請求しうるものであると主張するが、右は公定力の理論の誤解に基づく独自の見解であつて採用に値しない(仮に原告ら主張どおりとすれば、いまだ本件表示変更処分取消判決の確定していない今日においては(これは原告らの認めるところである。)、本訴請求自体もなし得ないものといわなければならないことになる。
よつて、原告らの右損害の請求は、爾余の点につき判断するまでもなく、失当というべきである。
2 昭和三一年六月から同三三年九月までの間の損害
栗駒鉱業が本件鉄鉱床から鉄鉱石を掘採する目的で昭和三〇年一一月ころに設立された会社であることは、被告の自認するところであり、同会社が本件鉱鉄床から鉱鉄石を掘採したことは、当事者間に争いがなく、そして、<証拠省略>によれば、栗駒鉱業が右掘採をなしたのは、昭和三一年一月一七日付でなされた本件表示変更処分により、本件鉄鉱床(その範囲については後記認定のとおりである。)が第一七、五五一号鉱区内に存在するものとして、右鉱業権に基づいてなしたものであることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。されば、栗駒鉱業の右掘採により原告らが損害を被つているとすれば、右損害は本件表示変更処分によつて生じたものというべきである。
(一) 富士製鉄株式会社釜石製鉄所に売却した分
<証拠省略>によれば、次の事実を認めることができる。
栗駒鉱業は、本件鉄鉱床から鉄鉱石を掘採し、昭和三一年六月から一一月までに一万七、八四五・一九乾量トン、同三二年七月から一一月までに七、六三・九八乾量トン、同三三年六月から九月までに二、九五八・一一乾量トンを日商株式会社を介して富士製鉄株式会社に売り渡し、右売上総額は金一億九六三万八、三四〇円(昭和三一年中の平均単価一乾量トンあたり金三、五四九円、同三二年三、九〇二円)であつたこと、もつとも、うち右掘採の終りの方五、九五〇乾量トン(七、〇〇〇湿量トン)は、本件表示変更処分においても原告の鉱区内とされた場所から、掘採されたものであるからこれに関する損害は本件表示変更処分によつて生じたものということができないので、原告小山田は、右損害は別途日商株式会社に請求したこと、したがつて本件表示変更処分により掘採された鉄鉱石は、昭和三三年掘採分及び同三二年掘採分の一部合計五、九五〇乾量トンを控除した残余すなわち昭和三一年一万七、八四五・一九乾量トン、同三二年四、六九二・〇九乾量トンである。掘採から売渡しまでに要した全経費(ただし、日商株式会社に支払つた仲介料一乾量トンあたり金一〇〇円を除く。)は、平均一乾量トンあたり金二、二〇〇円であつたこと、当時は日商株式会社等の商社の仲介がなくては、鉄鉱石を容易に売却し得ない事情であつたこと。
以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右事実に基づいて、昭和三一年、同三二年における一乾量トンあたりの平均売上額はそれぞれ金三、五四九円、三、九〇二円であること前認定のとおりであるから、これから前認定の一乾量トンあたりの総経費(ただし日商株式会社に支払つた一乾量トンあたり金一〇〇円の経費を除く。)金二、二〇〇円を控除するとそれぞれ金一、三四九円、一、七〇二円となり、さらにこれから日商株式会社に支払つた右一乾量トンあたり金一〇〇円の仲介料を控除した金一、二四九円、一、六〇二円が一乾量トンあたりの純利益となり、これらに前認定の昭和三一年、同三二年中の一万七、八四五・一九乾量トン、四、六九二・〇九乾量トンを乗じた金二、二二八万八、六四二円三一銭および金七五一万六、七二八円一八銭の合計金二、九八〇万五、三七〇円四九銭が本件表示変更処分により栗駒鉱業が得た純利益となるものというべきであり、いずれも成立に争いのない乙第一四ないし第一七号証の各一ないし四をもつてするも右認定を左右するに足りず、他にこれを左右するに足る証拠はない。そして、右金二、九八〇万五、三七〇円四九銭が原告らのうべかりし利益であつたものというべきであるから、原告らは右同額の損害を被つたものである。
(二) その他の売却鉄鉱石
<証拠省略>によれば、栗駒鉱業は、前認定の売却のほか、昭和三一年九月に二八七湿量トン、昭和三二年七月に七〇七湿量トン、同年八月に一八一湿量トンの合計一、一七五湿量トンの鉄鉱石を本件鉄鉱床から掘採してこれを他に売却していること、鉄鉱石の水分含有量は一五パーセント以下であつて、最大値一五パーセントを控除すると鉄鉱石の乾量トン数が算出できることを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実と前記(一)において認定の事実とによれば、まず右売却した鉄鉱石の乾量トン数は計算上昭和三一年が二四三・九五トン、同三二年が七五四・八トン合計九九八・七五トンとなり、昭和三一年における鉄鉱石の平均売上単価は一乾量トンあたりそれぞれ三、五四九円、三、九〇二円であつて、これから前認定の経費一乾量トンあたり金二、二〇〇円と仲介商社に支払うべき一乾量トンあたり金一〇〇円の手数料の合計金二、三〇〇円を控除したそれぞれ一、二四九円、一、六〇二円に右売上鉄鉱石二四三・九五乾量トン、七五四・八乾量トンを乗ずるそれぞれ金三〇万四、六九三円五五銭、一二〇万九、〇八九円六〇銭合計金一五一万三、七八三円一二銭となり、これが原告らのうべかりし利益であつたこととなるので、原告らは右同額の損害を被つたこととなるものというべきである。<証拠省略>をもつてするも、右認定を左右するに足りず、他にこれを左右するに足る証拠はない。
(三) なお、被告は、原告小山田は栗駒鉱業との間において、昭和一〇年五月ごろ、栗駒鉱業において本件鉄鉱床から鉄鉱床を掘採し、その対価として同原告がトンあたり金二五〇円の割合の斤先掘料を受ける旨の斤先掘契約を締結したものであるから、右金二五〇円を基準として損害額を算定すべきものであると主張し、<証拠省略>によれば、原告小山田と栗駒鉱業との間において、被告主張のごとき約定がなされ(これが鉱業法上有効であるかどうかはともかくとしてし、当初は栗駒鉱業としても右約定に基づいて本件鉄鉱床から鉄鉱石を掘採していたことを認めることができるが、同時に右の各証拠によれば、栗駒鉱業は、右掘採を開始して間もなく本件鉄鉱床は第一七、五五一号鉱区内にあるものと考え、同鉱区の鉱業権を取得し、これに基づいて右掘採をなすものであるとして、原告小山田に対してなんらの対価をも支払わなかつたため、その間に右について紛争が生じ、その結果前認定のように本件表示変更処分がなされるにいたつたものであつて、すくなくとも前記(一)(二)に記載の損害に対応する掘採以前において、右認定は解消されるにいたつていたことを認めることができるのであつて、右事実をもつてしては、いまだ被告の右主張を認めて、前認定を覆すことはできない。
(四) 以上のとおりであつて、前記(一)(二)の合計金三、一三一万九、一五三円六四銭が、原告らが本件表示変更処分によつて被つた損害額の総額ということができる。
五 過失相殺について
1 原告らは、被告の過失相殺の主張は、時機に遅れた防禦方法として却下すべきであると主張し、本件記録によれば、本訴が提起されたのは昭和三四年六月二二日であるところ被告が右防禦方法を提出したのは昭和四四年三月一八日午前一〇時の本件最終口頭弁論期日においてであることは明らかであり、確かに原告ら主張のように時機に遅れているものというべきであるが、右防禦方法の提出によつて訴訟の完結が遅延していないことは、これが提出された口頭弁論期日において口頭弁論が終結されていることからみて明らかである。されば、被告の右防禦方法の提出は、時機に遅れてはいるが、それによつて訴訟の完結が遅延するものではないので、民訴法一三九条一項所定の要件を具備せず、これを却下し得ないものというべきである。よつて、原告らの右主張は失当たるを免れない。
2 そこで、すすんで被告主張の過失相殺の点について検討する。
(一) 被告は、原告村本の過失として、同原告が不完全な出願の区域図(本件出願図(一)(二))を提出したことを主張するが、およそ鉱業権設定出願に添付すべき出願の区域図は、鉱業法および施行規則の規定上必ずしも実測図であることを要しないものとされており、それが実状であつて、しかも通産局長が出願された鉱業権設定の許可、不許可を決定するについて必ずしも実地の調査を行なわないのが実状であることおよび本件については、本件各試掘権設定許可をするにつき、当初の出願の区域図が不審であるとして原告村本に対して五万分図を一〇倍に拡大した五、〇〇〇分の一図をあらためて提出するように命じ、これに応じて同原告が提出した本件許可図(一)(二)に基づいて本件各試掘権の設定許可がなされたものであること等前記のような諸点を考えると、原告村本に過失があるものと認めることはできず、他に右被告の主張を肯認するに足る証拠はない。
(二) 被告は、原告小山田の過失として、同原告が第一七、一八二号鉱区の試掘権の共同鉱業権者となる際、本件鉄鉱床が鉱区に存在するものか、第一七、五五一号鉱区に存在するかについては極めて不明確であつたのであり、同原告もそのことを十分に知つていたものであるから、その点を慎重に判断して鉱業権を取得すべきものであり、本件鉄鉱床につき完全な権利者たらんとするならば、右両鉱区の鉱業権を取得すべきであつたのに、同原告はこれをなさなかつたものであると主張するが、前説示のとおり本件鉄鉱床は同原告の取得した第一七、一八二号鉱区に存在するものであるから、結局において同原告の判断は正当であつたものであり、そうである以上同原告においてさらに第一七、五五一号鉱区の鉱業権をも取得すべきであつたということはできないものというべきである。したがつて、同原告には、被告主張のごとき過失があるものと認めることはできず、他にこれを肯認するに足る証拠はない。
(三) さらに、被告は、原告両名の過失として、原告両名は栗駒鉱業が本件鉄鉱床の掘採を強行していることを十分に知りながら、仮処分等何らの法的手段をもとることなく浸然と四年間にもわたつてこれを放置し、損害の拡大することを防止しなかつたものであると主張するが、<証拠省略>によれば、原告小山田は、昭和三〇年五月ころから栗駒鉱業が本件鉄鉱床において掘採していることにつき、通商産業省、仙台通産局等に対し、その非を是正する適切な措置をとるよう再三にわたつてあらゆる方法により働らきかけていたことを認めることができるのであつて、原告らに被告主張のごとき過失があつたものと認みることはできない。
(四) 以上説示のとおりであるから、原告らの本件損害賠償請求につき、過失相殺をなすべきであるとの被告の主張は失当たるを免れず、これを採用することはできない。
六 以上説示のところにいれば、仙台通産局長が被告国の公権力を行使する公務員であり、本件表示変更処分はその職務としてなされたものであることは明らかであるから、被告は原告らに対し、国家賠償法一条一項の規定により、前示損害金三、一三一万九、一五三円六四銭およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること本件記録上明らかな昭和三四年七月四日から完済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払いをすべき義務があるものというべきである。
よつて、原告らの本訴請求は、右の限度において理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条の各規定を、仮執行の宣言およびその免脱宣言につき同法一九六条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中平健吉 渡辺昭 岩井俊)
別紙<省略>